ブログ小説『ハンティング・パーティ』

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zoom RSS 【小説】 第15話 フォチャへ

<<   作成日時 : 2008/03/22 22:16   >>

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サイモンは車をフォチャへと走らせた。

黄色いおんぼろベンツは意外にタフだ。
サイドミラーはさっきカフェのウエイターに銃をぶっ放されて割れたばかりだが。

ベンは不安げに窓の外を見る。
たった20ドル、サイモンがちょろまかしたせいで全員が殺されかけた。
この先に待っているのは、本物の殺戮鬼たちだ。
こうなったら無謀なゲームの登場人物になったと考えるしかない。
もし本当にフォックスをとっ捕まえてゲームオーバーできれば英雄になれる、というゲームの。
確かに最初は「父親を見返したい」と思っていたベンだが、もはやそれだけではない何かが心の中に芽生え始めていた。

フォチャの標識を過ぎた頃、ダックが指差した。

「あれはモスクの廃墟だ」

モスク特有の丸みが失われた、もはや残骸だった。
おそらく美しく彩色されていただろう建物の色も、褪せて何色だったのか定かではない。
無常に割れたレンガ、粉々に散らばったタイル。
人が人を襲う、いや人が人の心のありかを破壊するとは、こんなに怖ろしいことなのか。

「ここは100%セルビア系の領土になってしまったんだ。
イスラム教徒は撲滅され、あるいは命からがら追いやられて、一人も残っていない」

その地獄を目の当たりにしてきたサイモンの胸には、またあの何度も夢に現れた悲しいやるせない光景が蘇る。
それを吹っ切るかのように、わざとジョークめかした。

「徹底した民族浄化が行われたところだ。だから、ほら、空気がさわやかだろ?」

ジョークめかしても、目が笑っていない。

「“フォチャを流れる川は赤い”と言われたもんだ。… ワインじゃないぞ」

もはやそれが「血」であることはベンも百も承知だ。

ベンは、ハーバード大学時代に習った「ボスニア紛争」の情報と、ここへ着くまでに学んだすべてを思い出していた。

… ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言。
3民族の利害の対立や主導権争いから4月に紛争が勃発。

紛争前の人口約435万人のうち、95年11月まで3年半にわたる紛争で死者約20万人。
難民、避難民は200万人以上。
この場所にそもそも深刻な民族対立があったわけではない。
隣国に本国をもち、ユーゴスラビアの中で政治的発言力をもつセルビア人と、経済力を有しナンバー2と言える存在のクロアチア人が、ボスニア・ヘルツェゴビナでは少数派となってしまうため、セルビア人とクロアチア人は独立に反対した。
その二つの不満な民族が本国からの支援で支配拡大のための戦闘を続けた。

セルビア人勢力は圧倒的な武力をもっていた。
人口では44%を占めて多数派だったはずのムスリム(イスラム教徒)が最大の被害者となった。

紛争中、国連は国連保護軍を送りだしていたが、人道援助物資の輸送支援しかできず、紛争を抑える力はなかった。…

教科書のすべてをそらんじてみても、目の前の光景がそれをかき消していった。
現実は圧倒的な破壊をベンに突きつけていた。

駐車場を出て、3人は無言で歩いた。

やがて彼らの3倍はあろうかという、大きなポスターが3面貼ってある壁に出くわした。

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3枚とも、フォックスの顔だ。
その下に、電話番号が書いてある。

そして顔の上に、またキリル語の張り紙があった。

「これは… 」

ベンがうわごとのように言うと、サイモンがそれを読んだ。

「“彼に手を出すな”」

もはやこの場所にいる人間は、村人を含めた全員がフォックスを守っているのだ。

「ちなみに」

サイモンは付け加えた。

「この電話番号にかけたって、この国にはつながらない番号さ。
どう見たってアメリカ国内からアメリカ国内にしかつながらない番号だ」
「我々は完全に包囲された、ってことかな」

ダックが冗談めかそうとしたが、それはあまりにもリアルだった。

ベンがダックにおそるおそる聞いた。

「で、これからどこへ行くんですか」
「警察だよ。きっと笑える」

身に迫る恐怖をは笑い飛ばすしかない。
そんな冗談のような現実は、始まったばかりだった。  


※映画『ハンティング・パーティ』は、5月10日(土)よりシャンテシネ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショーです。



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※ブログ小説目次
第1話 サイモンとダック
第2話 ぶち切れたサイモン・ハント
第3話 ボスニア・ヘルツェゴビナへようこそ
第4話 ベン、ホリデー・インのバーにデビューする
第5話 落ちぶれた相棒
第6話 3人は揃った
第7話 「聞こう。ネタって?」
第8話 ムスリムのカフェで
第9話 盗み聞き
第10話 “生と共に死を授かった男”
第11話 出発
第12話 チェレビチの森で
第13話 セルビアの村はずれのカフェ
第14話 撃たれた3人の車
第16話 警察のティータイム
第17話 チェレビチからの命令
第18話 国連の男・ボリスとの出会い
第19話 プロの出番
第20話 フォックスは守られていた
第21話 バーの外の暗闇で
第22話 危険へと続く道
第23話 マルダとウーナ
第24話 サイモンの恋
第25話 サイモンの恋A
第26話 最悪の別れ

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
黄色い古ベンツとムスクの残骸、血色の河。。。。
そんな背景もリアル、二人の緊迫感!早く続きを!!!!
jonna
2008/03/23 11:23
jonnaさん
定期購読ありがとうございます。
せたP
2008/03/23 16:26
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5月10日(土)公開のリチャード・ギア主演映画『ハンティング・パーティ』をブログ小説として先行公開。映画製作秘話や独占ニュース、関連情報など、映画をより深く楽しむためのコンテンツも小説の展開にあわせて掲載します。
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